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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)3052号 判決

原告 新光炉材株式会社

右代表者代表取締役 中里唯一

右訴訟代理人弁護士 成毛由和

被告 光音工業株式会社

右代表者代表取締役 小林一夫

被告 小林一夫

被告 小林茂

主文

被告光音工業株式会社および同小林一夫は各自原告に対し二一万一、八五〇円およびこれに対する昭和三九年六月七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の右被告両名に対するその余の請求および被告小林茂に対する請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告と被告小林茂との間においては全部原告の負担とし、原告とその余の被告両名との間においては、原告について生じた費用を三分し、その二を右被告両名の連帯負担とし、その余を各自負担とする。

この判決は、第一項中被告光音工業株式会社に対する部分のみ、かりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し二一万一、八五〇円およびこれに対する昭和三九年三月二〇日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、被告会社が原告に対して提出した、左記約束手形一通の所持人である。

金額   二一万一、八五〇円

満期   昭和三九年四月三〇日

支払地振出地 東京都大田区

支払場所 株式会社富士銀行大森支店

振出日  昭和三八年一一月三〇日

名宛人  原告

二、被告会社は、昭和三九年三月一三日他の約束手形を預金不足の理由で不渡にし、同月一九日銀行取引停止処分を受けたので、本件手形金債務につき期限の利益を失った。

三、(一) 被告一夫は、被告会社の代表取締役として右手形を振出したものであるが、当時右手形金支払の見込みは極めてうすかつた。すなわち、被告会社は、土木建築、製鉄築炉、鉄骨製鉱設備機械の設計施行修繕等を目的とする株式会社であるが、かねてから事業不振を極め、本件手形振出の二年位前から金策のため手形を濫発してその割引を得ることを企図し、合計一、〇四六万五、三五〇円相当の約束手形を発行してその割引金をもつてその場その場を切抜けて経営を続けてきた。そして、本件手形振出当時においては、被告会社には見るべき資産がないのに被告会社の負債は二、〇〇〇万円程に達していたのである。にも拘らず、被告一夫は、被告会社が原告より買つた耐火煉瓦の代金支払のため、同会社の代表取締役としてあえて本件手形を振出したものである。

したがつて、右手形振出行為は、被告一夫が被告会社の取締役としての職務を行うについて悪意又は重大な過失があつたものというべきである。

(二) 被告茂は、右実情の被告会社の常務取締役として、本件手形振出につき、被告一夫と共謀し右振出に関与したものである。かりに、そのような積極的な事実が認められないにしても、およそ株式会社の取締役は、他の取締役の業務執行についても注意を怠らず不当な業務執行についてはこれを未然に防止すべき義務がある。しかるに、被告茂はこの義務を怠つて被告一夫の前記手形振出という事態を生ぜしめたものであるから、いずれにせよ、被告茂も亦前同様の悪意又は重過失があつたものである。

(三) 果せるかな、被告会社は前述のとおり倒産するに至り本件手形金も支払わず、原告はそれと同額の損害を蒙つたが、それはひとえに被告一夫同茂の右業務執行についての悪意又は重過失によるものである。

四、よつて、原告は、被告会社に対し、前記手形金二一万一、八五〇円、被告一夫同茂に対し商法二六六条の三により右同額の前記損害金およびそれぞれに対する昭和三九年三月二〇日(被告会社の前記期限の利益喪失の翌日)以降右完済に至るまで年五分の割合による金員(被告会社関係においては、手形法所定もしくは商事法定利率年六分の利息もしくは遅延損害金の内金として、被告一夫同茂関係においては、民事法定利率による遅延損害金として。)の支払を求める、

と陳述し、立証として、≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、請求原因第一項の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二、右証人の証言、それによつて真正に成立したものと認める≪証拠省略≫に弁論の全趣旨を綜合すると、被告会社は、昭和三九年三月一九日頃、金策に窮して同被告振出の約束手形を不渡とし、その頃銀行取引停止処分を受けて倒産したことを認めることができる。

しかしながら、そのことから直ちに被告会社が、本件手形金債務につき期限の利益を失つたり、いわんや、当然に本件手形金につき手形法上の利息債務や遅滞の責任を負うべきいわれはない。

三、次に被告一夫に対する損害賠償請求につき判断する。

≪証拠省略≫と弁論の全趣旨によると、同被告は被告会社の代表取締役であること、本件手形は被告一夫が被告会社代表取締役として昭和三八年一一月三〇日、被告会社の原告に対する炉材の買掛金債務の支払方法として振出したものであること、被告会社は昭和二五年に資本金五〇万円で設立されたものであるところ、同三七年頃から営業成績は赤字となり、融通手形により資金繰りを重ねて、その都度急場を糊塗してきたが、前示倒産当時、名目資産はあつたにせよ、実質的には見るべき資産はほとんど皆無の情況で、反面負債は二千数百万円に達していたこと、被告会社倒産後旬日にして、被告一夫、後記のとおり被告会社の常務取締役であつた被告茂はいずれも行方をくらましてしまつたことを認めることができ、以上に反する証拠はない。

以上の事実に前項認定事実および本件手形の満期が五ヶ月先きとして振出されたものであることを併せ考えると、他に特段の事情は認められないので、被告一夫は本件手形振出当時、その満期における支払の具体的めやすがほとんどないのに漫然と本件手形を振出したもので、被告会社代表取締役としての職務を行うについて、少くとも重大な過失があつたものと認めるのが相当である。

しかして、本件手形金ないし右手形振出の原因関係たる前示売買代金が未だ支払われず、今後においてもその支払がなされる見込がまづないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、原告は被告一夫の重過失ある本件手形振出により本件手形金と同額の損害を蒙つたもので、同被告はその賠償責任を負うべきである。

四、(被告茂関係)

前記甲第二号証および証人山田の証言によれば、被告茂は被告会社の常務取締役であること、被告一夫は本件手形振出につきそれを原告の使者山田富三郎に交付したものであるが、その際被告茂もその場に居合わせたが別段被告一夫の右手形振出行為を抑止する態度をとらなかつたことを認めることができる。

しかしながら、右事実から直ちに、原告が主張する如く、被告茂は同一夫の前示本件手形振出に共謀関与したものとは評価し得ないし、他にそのような事実を認めるにたる証拠はない。

次に、原告は、被告茂は同一夫の本件手形振出を未然に防止する義務があるのにそれを怠つて被告一夫の本件手形振出という事態を生ぜしめたと主張する。

ところで、株式会社の業務執行権限は代表取締役に専属し、代表権限を有しない取締役は取締役会の構成員として同会を通じて活動する権能を有するにすぎないものであるから、そのような取締役は、一般的には、代表取締役の個々の業務執行行為を監督する義務を負わないものというべきである(下級裁民集八巻五号九三〇頁、同九巻一一号二三四八頁参照)。もつとも、他面、取締役は会社に対し善管注意義務ないし忠実義務を負うものであるから、代表取締役が不当な業務執行行為をなさんとする際に、これを知りながら、ただ拱手傍観していてよいものではなく、そのような不当行為については、すすんでこれを未然に防止する義務があることを否定することはできない。

しかしながら、被告一夫の本件手形振出は、先きに認定したところから明らかなように、原告に直接損害を加えたものであり、被告会社に対する任務け怠の故に間接に原告に損害を与えた場合ではないのである。したがつて、被告茂の前認定の不作為については、右説示にてらして、作為義務違背の問題が生ずる余地はない。

よつて、原告が被告茂に対し商法二六六条の三により前示損害の賠償を求めることはできない。

五、以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告会社および被告一夫各自に対し、二一万一、八五〇円およびこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和三九年六月七日以降右完済に至るまで年五分の遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余はいずれも理由がないから棄却すべきものとし、被告一夫関係において仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととし、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥平守男)

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